岐阜県加茂郡富加町 富加町商工会 公式ページ

観光スポット

松井屋酒造資料館
半布ヶ丘公園
清水寺と清水谷川公園
東香寺
井高一号古墳
半布里(東山浦)遺跡
加治田山城跡と堂洞城跡
富加町B&G海洋センター
富加町郷土資料館

HOME > 観光スポット >
加治田山城跡と堂洞城跡

町内のある2つの山城は、織田信長の中濃攻めに関連して『信長公記』 『堂洞軍記』などの軍記物に登場します。


尾張を平定した織田信長が、美濃稲葉山城(現岐阜城)も制圧するための足掛かりとして、永禄8年(1565)に中濃へ侵攻します。

この時、関・加治田・堂洞の中濃三城は反信長の盟約を結んでいましたが、加治田城主佐藤紀伊守は盟約を破り、信長勢とともに堂洞城に攻め入りました。これに対し、堂洞城主岸勘解由は反信長を貫き、堂洞城は落城しました。

加知田山城跡

時代の流れを敏感に察した加治田城主佐藤紀伊守と、自らの信念を貫いた堂洞城主岸勘解由、両者の対照的な行動が「物語」を生み、今も語り継がれています。

 加治田城主佐藤紀伊守が建立した菩提寺「龍福寺」は町内加治田に今もひっそりとたたずんでいます。 織田信長の侵攻に表れるように、この地が中濃における要衝であったことが分かります。

堂洞城跡


Copyright (C)2007 富加町商工会 All rights reserved.